


加雲洞支石墓は先史時代に作られた南方式墓石である。この村の昔の地名(クェンドル)も墓石を意味する故人石(コインドル)から名付けられたと考えられている。故人石は青銅器時代から初期の鉄器時代に作られた巨石記念物で、主に支配層を埋葬する墓として使われていたと推定されている。
故人石の製作にあたっては、地下の墓室の構造や築造方法をより重要視していたようだが、大抵は漢江を基準に北方式、南方式、蓋石方式の3種類に分類される。まず、地上の4面を板石で囲み、墓室を設置し
た後にその上に床石を載せる北方式と、地下に墓室を作ってからその上に床石を載せ、それから支石を載せる南方式に区分される。その他にも、南方式とは違い、支石を載せずに墓室の上に床石を載せる形態を蓋石方式もしくは変形故人石という。
加雲洞の支石墓は支石のある南方式で、その大きさは幅3.3m、奥行き1.6m、高さ0.6mである。南北に長く横たわる自然石の蓋石は漢江の流れに一致するように設置されている。また、この故人石が横たわる場所は、漢江を見下ろす若干高い丘陵の頂上部である。当時の人々がどのように土地を選んだかがうかがえる立地である。周辺からは石製の矢先などが収集されたと伝えられていることを考えると、青銅器時代の墓遺跡であると考えられる。