Skip Navigation

  • Skip to Main menu, Sub menu and Document contents direct link
  • Main menu direct link
  • Skip to Main Menu and Sub menu direct link
  • Skip to Main menu, Sub menu, Document contents and Copyright direct link

南楊州 市のホームページ

南楊州 市日本語Webサイト

南楊州 市日本語サイトのメインメニュー

  • 最初に
  • サイトマップ
  • 韓国語
  • 英語
  • 中国語
  • モンゴル語
  • 南楊州の紹介
    • 南楊州の紹介
    • 南楊州の歴史
    • 象徵 & 市民の歌
  • 南楊州市
    • 市長からのメッセージ
    • ビジョン & 事業
    • 市政の目標
    • 姉妹都市
    • アクセス
    • 主な施策
  • 文化
    • 文化体験
    • 観光情報
    • 文化祭
  • 地域経済
    • 投資情報
    • 特産物
  • コミュニケ―ション
    • 南楊州市へのよくある質問(Q&A)及び お問い合わせ

文化

Sub menu

  • 文化体験
    • 茶山ジョン·ヤギョン(丁若鏞)の魂を探して
    • 退渓院山臺ノリ
    • モンゴル文化村探訪
  •  観光情報
    • 有形文化財
    • 史跡·遺跡
    • 博物館·美術館
    • 自然休養林
    • 遊園地
    • ドライブコース
    • 観光案内地図
    • 観光に関するお問い合わせ先
  • 文化祭

最初に > 文化 > 観光情報 > 有形文化財

Document Contents

有形文化財

  • 有形文化財
  • 無形文化財
  • 資料室
  • イ・スンジ(李純之)の墓
  • 興国寺大雄宝殿
  • 加雲洞支石墓
  • 襄平公ハン・ケスン(韓継純)の墓域
  • 信嬪辛氏の墓域
  • 龜亭南在の墓域
  • 綾原大君 李莆の墓域
  • 大隱 邊安烈の墓域

興国寺大雄宝殿

興国寺大雄宝殿

興国寺は南楊州市の別内面徳松里の水落山の下に位置する奉先寺の末寺。599年(真平王21年)に園光法師が創建し、始めは水落寺と呼ばれていたといわれている。朝鮮時代にも高僧や多くの学者たちがここに眠るなど、高い名声を誇っていたが、1568年(宣祖1年)に宣祖が父の徳興大王君の願堂をここに建立したためにその名を興徳寺と改名され、これを契機に寺が大幅に拡張された。

1626年(仁祖4年)には再び興国寺と呼ばれるようになったと言われている。近世和尚たちの本拠地として知られる興国寺は、西の金剛山楡岾寺といった寺院に並ぶ画家の養成所としても有名である。特に朝鮮末期には和尚たちに絵を教え、傑出した画家和尚を数多く輩出した。彼らは全国各地に赴き、自身の技量をさらに発展させていった。興国寺の大雄宝殿(京畿道文化財資料第56号)は1822年(純祖22年)に増築された八作屋根づくりの多包式建造物で、中には多くの仏画や仏像画が奉安されている。

大雄宝殿の右側にある霊山殿は多包式建物である。ここに奉安されている16羅漢像は、サイズこそ比較的小さいが、その形態と技法は非常にすぐれており、朝鮮後期に造成された羅漢像の中でも優秀な作品として知られている。一方、仏画はすべて1892年(高宗29年)に奉安されたもので、霊山殿の外の柱には興宣大王君が使った柱聯が架けられている。また、「興国寺」及び「霊山殿」の懸け板も興宣大王君本人が書いたものだと言われている。

興国寺へのお問い合わせ: 031-554-9557

お車の場合
地下鉄4号線の堂峴駅から徳陸峠を越えると左側に寺の入り口が見えてくる
自動車
地下鉄4号線の堂峴駅の1番出口から33番マウルバスに乗り、徳陸峠を越えて5分ほど行くと寺の入り口が見えてくる。入り口から5分ほど歩くと寺に到着する。

Copyright

Namyangj City

[邮编]472-70京畿道 南杨州市 金谷洞 185-10 Webmaster E-mail : sysop@nyj.go.kr / Tel : +82-31-590-2114

Copyright 2009 by Namyangju City. All right reserved